2011年6月1日付で、名古屋市立大学精神医学教室の教授を拝命いたしました。1943年の初代児玉昌教授にはじまり、以降、第2代村上仁教授、第3代吉田和夫教授、第4代岸本鎌一教授、第5代大橋博司教授、第6代木村敏教授、第7代濱中淑彦教授、そして第8代古川壽亮教授に受け継がれて参りました歴史ある教室の一員として引き続き名市大で奉職させて頂くことになり、その重責に身が引き締まる思いでおります。名市大に流れる良き伝統を引き継がせて頂きながら、教育、診療、研究、社会貢献のバランスを考えながら、社会や地域の真の要請に応えることができるよう専心努力する所存ですので、どうか同門の先生方のご指導、ご援助を賜れれば幸いです。
僭越ですが、以下に教育、診療、研究、教室運営についての抱負を述べさせて頂きましたので、ご指導、ご助言を賜れますと幸甚です。
教育について
私たち大学のスタッフ全員が、大学のミッションは教育にあり、という言葉を心に刻み、みなで協力しながらがんばっております。私の力ではなく、これまでに育まれて参りました伝統によるものですが、名市大病院は、優秀な指導医に恵まれた大変素晴らしい臨床研修施設にすでに育っていると自負しております。現在、熱心なスタッフが毎年レジデントや大学院生と相談しながら、臨床教育、研究教育の方法をブラッシュアップしていってくれております。たとえば、提示された難しい臨床的な課題を、レジデントと指導医が混じり合ったスモールグループで話し合いながら解決方法を探っていく全員参加型の臨床疑問ケースカンファレンス、実地臨床で湧きあがった疑問を解決するために疑問を定式化し、検索してきた英文論文を批判的に吟味しながら、実証的根拠に基づく方法で疑問に応えるEBP(Evidence-based psychiatry)臨床疑問カンファレンス、レジデントが診療している外来の患者さんや当直時に遭遇して対応に悩んだ患者さんなどを、電子カルテを閲覧しながらみなでディスカッションする外来/当直症例検討会など日々の臨床に役立つカンファレンスが盛りだくさんです。もちろん、レジデントに対するクルズスや重要領域のアップデートな情報を専門のスタッフがみなに紹介するエビデンスアップデートなど講義も充実しています。また、大学のみでは精神科医療に十分な症例を経験できませんので、関連病院での研修を通して、「良医」への道を歩んで頂きたいと思っております。嬉しいことに、名市大でトレーニングを受けた医師は、どこに行ってもみなさんにお褒めをいただいております。志ある人に来て頂ければ、必ずや後悔しない研修を提供できるのではないかと思っております。この「人を育む」名市大の歴史を引き継いで参ります。
研究教育に関しましても、臨床に役立てることができる臨床研究を実践することができる研究者の育成に力を入れたいと思っております。現在もすでにそのシステムが充実してきており、各研究グループに所属しながら、臨床研究の立案と実施を含めた方法論、研究の倫理、統計学、そして英文論文の実際の書き方など通年で学べるようになっております。
診療について
名市大病院はこころの医療センターとして、36床の閉鎖病棟と外来部門を有しており、これらを中心に診療活動を行っております。また、コンサルテーションリエゾン精神医療に力を入れてきたこともあり、常時、名市大病院(808床)の他診療科に入院中の患者さんの5-10%を併診させて頂いております。診療の場は、同時にレジデントやローテート研修医、そして学生の重要な教育の場でもあるため、予診と本診察そしてその後のディスカッションも含めてどうしても90-120分程度の時間を必要とする関係で、以前より外来診療は原則予約制を導入させて頂いておりました。さらに、外来でも他診療科からご紹介いただく患者さんが大変増えてきていることもあり、結果的に外来予約の患者さんに1カ月以上お待たせしてしまうような状態になっておりました。
そのため、このたび大学病院として提供すべき診療とは何かをスタッフのみなで話し合い、今後は名市大の同門の先生方と診療ネットワークを構築して、協力させて頂きながら地域医療に貢献できればと考えております。具体的には、大学病院で診療させて頂くことが患者さんにとって望ましいと思われる方(例えば、身体合併症の方、精神疾患を合併した妊婦さん、認知症の精査など精密検査を必要とされる患者さん、児童思春期の患者さんや大学で提供している認知行動療法や修正型電気けいれん療法などの適応の患者さんなど)そして名市大病院の各科ですでに治療を受けられている方などを優先させて頂くことをお赦し頂き、その他の方で特に大学病院での診療に強い希望がおありでない場合は、適宜、これから構築していくネットワークのクリニック等をご紹介させて頂くようなシステムを考えております。
新たな試みでありますので、同門の先生方には、ぜひご指導、ご協力を賜れますと幸いです。
研究について
みなさまご存知のように、本世紀はこころの世紀ともいわれるように、こころの病が国家対策上でも重要な課題として取り上げられる時代です。精神医療、医学の益々の重要性が繰り返し報道されておりますが、こころを病むことの苦しみを考えますと、ある意味、国民の方にとってはこのような時代が到来したことは大変つらい状況なのかもしれません。したがって、私たち精神科医もこのような時代がもたらす意味を真摯に受け止め、これまで以上にこころの病をきちんと理解し、それを克服することにも注力する必要があろうかと感じております。そして、将来の病の克服のためにはどうしても研究を行う必要があります。究極の目標ともいえるのかもしれませんが、私どものような医師がこの世に不要になることを願いつつ研究にも取り組んで参りたいと思っております。
名市大ではこれまで研究の中でも明日の臨床に役立てることができる臨床研究に特に力を入れてきた歴史があります。この歴史を生かしながら、より患者さんに還元できるような臨床研究に取り組んでまいりたいと思っております。幸い、各研究グループも活発に臨床研究を行っており、現在名市大精神医学教室では、およそ年間20-30本の英文原著論文を発表しております。前任の先生方が礎を作ってきてくださったこの流れをぜひ鈍化させないようにより発展させて参りたいと思っております。
教室運営について
私自身が名市大で働かせて頂いて強く感じてきた素晴らしい点として大きく2つのことがございます。まず1つは、「人の力」です。同門の先生方をはじめ大変素晴らしい先生方そして人柄に優れた先生方が多く、いつも強さと温かさを感じることができました。これこそ、ずっと以前から培われてきた名市大の伝統の力だと感じることが幾度もありました。2つ目が常に「患者さんと臨床を大切にする姿勢」です。これは他の診療科も同様で、名市大は私が赴任当初にコンサルテーションリエゾン精神医療を始めた際にも、他科の先生方も皆さん垣根を感じさせず、大変仕事がしやすく驚いたことを覚えております。私は、診療科や講座の壁を感じさせない、ある意味で大学病院らしくない名市大病院は、大変素晴らしい地域の中核病院であると思っております。まずは、これまでに育まれてきたこういった名市大の良き伝統を引き継がせて頂きたいと思っております。
私は名市大に赴任させて頂く前に、国立がんセンター(現在の国立がん研究センター)で約9年間、がんの患者さんのこころの領域の診療、研究に携わって参りました。そしてこの国立がんセンターで経験させていただいたことや学ばせて頂いた医療者や研究者のあるべき姿勢に今でも大変大きな影響を受けている自分を感じております。国立がんセンターでは、がんの克服を目的に日本中から医師や研究者が集まってきておりました。一部の方はまさに全てをがんという病の克服のために捧げるような生活をされており、彼らの迫力に圧倒されたことを今でも覚えております。そしてそういった方々は妥協を許さないので、総じて医療者には大変厳しいのですが、実際の患者さんを前にした際には大変優しく、その姿勢にはとても感銘を受けました。私自身、こころより尊敬できる医師、研究者に数多く出会うことができました。全てを犠牲にするようなライフスタイルが正しいものとは決して思いませんが、寝食を忘れて病の克服に打ち込む医療者の存在は私にとって大変感銘を与えるものでした。また自身の診療としては、実際にがんを患われた患者さんとそのご家族を大変たくさん診せて頂きました。中でも治癒が望めない進行・終末期のがんを患われた患者さんからは、医療・医学とは何か、医療者がなすべきことは何か、人の心を支えるということはどういうことなのか等、実に多くのことを考えさせていただく機会を頂き、そして多くのことを教えられたように思います。当たり前のことではありますが、お一人お一人が個性を持ち、固有の生活史を持ち、その人生の中で病を得るという体験をされていらっしゃいますので、病の与える影響や苦悩は皆さんで異なり、病気や症状ではなく、「病を抱えた人」を診ることの大切さと難しさを実感させて頂きました。このときの経験は今でも私の臨床医としての基礎となっており、これはこころの病を持たれた患者さんにとっても例外ではないと感じております。この気持ちを忘れずお一人お一人の患者さんを大切にさせて頂きたいと思っております。
私見で恐縮ですが、医療は現在考えられているよりもっと公的な色彩の強いものであるべきと感じております。ですので、社会の要請に常に耳を傾けながら、そのニーズに応えることができるような医学、医療を展開できればと考えております。そのためには、大学病院のみでできることは限られております。幸い名市大同門、関連医療機関には特徴ある素晴らしい病院や高度医療施設が幾つもございます。ぜひ、志ある医療機関と有為なネットワークを構築して、教育、診療、研究の基盤とさせていただければと思っております。以上のことを成し遂げるために、これまで以上に同門の先生方のご援助を賜れれば幸いです。
私自身、2004年に名市大の一員に加えていただき今年で8年目-を迎えました。私の家族も、住み心地が大変よい名古屋の地がすっかり気に入ってしまったようです。そして、わが家の春の年中行事にも、大学のすぐ傍の山崎川の桜のお花見が加わりました(山崎川の桜は日本の桜100選にも選ばれている大変な名所です。)。正直申し上げて、私のようなやや偏った道を歩んできた若輩に何ができるのかわかりませんが、幸い現在素晴らしい多くのスタッフ、また医局運営や研究を支えてくださっている秘書さんや研究助手の方々が私の傍にいてくれます。これから、教室員一丸となって粉骨砕身、社会のために、そして病に苦しむ方のために力を尽くしたいと思っております。どうか、みなさまの益々のご指導をよろしくお願い申し上げます。

1964年 |
広島市にて出生 |
| 1983年 |
広島学院高等学校卒業 |
| 1991年 |
広島大学医学部医学科卒業 |
| 1991年 |
広島大学医学部附属病院精神科臨床研修医 |
| 1992年 |
日本医科大学附属病院高度救命救急センター臨床研修医 |
| 1992年 |
国立呉病院・中国地方がんセンター臨床研修医 |
| 1994年 |
社会保険広島市民病院精神科医師 |
| 1995年 |
国立がんセンター研究所支所精神腫瘍学研究部研究員 |
| 1998年 |
国立がんセンター中央病院第一外来部神経科医師 |
| 2000年 |
国立がんセンター研究所支所精神腫瘍学研究部室長 |
| 2004年 |
名古屋市立大学大学院医学研究科 生態情報・機能制御医学専攻 社会復帰医学講座 精神・認知・行動医学分野 助教授 |
2007年 |
改称により同上准教授 |
2009年 |
名古屋市立大学病院緩和ケア部 部長(併任) |
2011年 |
名古屋市立大学大学院医学研究科 精神・認知・行動医学分野 教授 |