教授就任の御挨拶――臨床と臨床研究の教室を目指して
1999年9月1日付で、名古屋市立大学精神医学教室の教授を拝任いたしました。略歴に記しましたとおりの若輩者でございますが、どうか名市大同窓会の諸先輩・諸先生方の熱い御指導と御援助をいただきながら、伝統ある名市大精神医学教室の更なる発展のために誠心誠意努めさせていただく所存でおります。何卒よろしくお願い申し上げます。
私が初期研修医のときから育てていただいた名市大精神医学教室は、総じて、臨床に熱心で誠実であるという伝統があると思います。一人一人の患者さんの臨床に熱意を傾ければ傾けるほど、その臨床を行う基となるわれわれの側の医学知識ベースの充実の必要性が痛感されます。臨床の基となるような医学知識ベース、すなわち患者さんにとって意味のあるアウトカムを測定している研究を臨床研究と呼びます。例えば、高血圧の治療において、血圧降下までしか測定していない研究は本当の臨床研究ではありません。総死亡率の減少、脳卒中や心筋梗塞の発生率の減少、QOLの改善まで追跡した研究が臨床研究であり、臨床に熱心で誠実な医師ならば、自分の臨床をそのような臨床研究に基づいて行いたいと思うでしょう。
幸い、21世紀の精神医学は極めて明るく魅力的です。第1に、Decade of
the brainあるいはCentury of the
brainと称されるように、脳科学の爆発的な進展により、種々の精神疾患の生物学的基盤の理解とこれをベースにした治療法の開発が進むでしょう。第2に、20世紀の100年間を通じて精神医学は古典的な分裂病や躁うつ病を主たる対象とした「精神病学」から、より軽症ではあるが非常に有病率の高い疾患も対象とした「精神疾患学」に発展してまいりましたが、今後は、さらに精神不健康を治療ないし予防するだけでなく精神健康を増進するような「健康心理学」まで含むことになるでしょう。
これにより過去200年間の精神医学に見られた生物学派対心理学派といった不毛な対立は意味をなさなくなるだろうと思われます。一例を引きますと、強迫性障害には薬物も認知行動療法も有効であることが分かっていますが、PETで調べますと、認知行動療法が奏効すると尾状核の代謝が変化します。この変化は薬物療法による変化と同様なのです。今日までbio-psycho-socio-ethical
modelなどとお題目が唱えられても実際の臨床には影響しなかったのは、有効なモデルがなかったからではないでしょうか。21世紀の精神医学はそのモデルを提供できるかもしれません。少なくとも、21世紀前半の精神医学は折衷的・統合的なアプローチを取るようになるでしょう。
しかし、この大きな進歩を逆に見ますと、真実には有効でないような新規の検査方法・治療方法が提唱されることになると思われます。また、これも今まで繰り返し見られることですが、真に有効な医療介入が研究段階からなかなか実践段階に移れないことも起こるでしょう。しかも医療資源は有限ですし、医療に対する無制限の信頼は得にくくなって行くでしょう。害よりも益をなす医療介入を見分けて、研究と実践の間隙をなるべく小さくする手法として、おそらく、Evidence-Based
Medicineが重視されるようになると思われます。精神医学においても同様だと思われます。
つまらない試算ですが、先日このようなことを夢見ました。もし毎年平均5人ほどの若い医師が名市大精神医学教室に入局していただけたならば、私は今後25年間において、100人以上の精神科医の教育に責任があることになります。各医師が臨床の第1線に出られれば、毎年100人から200人の新患を診られることになるでしょう。これらの精神科医が元来持っておられる能力と関心を伸ばされることにうまく力添え出来たならば、私は毎年1万人から2万人の方々の幸せに何らかの貢献が出来るのかもしれません。人間一生の仕事として何の不足もないでしょう。
同窓会の諸先輩・諸先生方には、倍旧の御指導・御鞭撻のほどをお願い申し上げます。